羽越しな布とは

日本三大古代布(芭蕉布、葛布、しな布)の一つで、山に自生するシナノキまたはオオバボダジュの樹皮から布をつくる、珍しい織物です。

現在は新潟県と山形県の県境に位置する三つの集落でごく僅かに生産が続いており、「羽越(うえつ)しな布」の名で国の伝統的工芸品に指定されています。


丈夫で軽く、通気性に優れ、水や熱にも強く、実用性に富んだこの布は、穀物袋や漁網、布団地や衣類など、暮らしの道具として山村に伝えられてきました。

日本におけるシナノキ繊維の利用の歴史は古く、縄文時代にまで遡ると言われます。
靭皮繊維を綯った縄や、編んだ衣類に始まり、やがて織りの技術が伝わって現在のような布が作られるようになったのでしょう。

庶民の日用品であったため文献にはほとんど記録が残っておらず、初出は平安時代中期の法典「延喜式」。
 

山熊田における起源も不明ですが、遥か昔から現在に至るまで、このしな布を作り続けています。




 

しな布ができるまで

織り上がるまでおよそ1年を要するしな布作りは、気の遠くなるような手作業の連続です。

 

梅雨の頃、まず山間に自生するシナノキの樹皮を人力で剥ぎとります。
そしてさらに外皮から内皮を剥ぎ、大量の自家製木灰で煮込むこと丸二日。
不要な部分が溶け、何層にも分かれるようになった繊維を剥がし、川で扱き洗いをして弱い繊維を取り除きます。
そして米糠に漬けること数日。
板のように固かった樹皮は繊維のみが残され、糸の材料ができあがります。

次にそれを爪で細く割き、特殊な手技で端と端をひたすら績み繋げること数ヶ月。
仕上げに糸車で全体に撚りをかけ、ついに樹皮は糸に姿を変えるのです。

そして集落が深い雪に閉ざされる冬、機織りを経てようやく一反の布が仕上がります。



山と共に生きる人々が、長い年月を経て辿り着いた叡智。
まるで山がそのまま布になったかのようです。 


 

 

しな布の現在

山の暮らしの必需品だったこの布は、時代とともに需要を変え、昭和の中頃には着物の帯や暖簾、土産品など、地域の特産品として販売されるようになりました。
貴重な現金収入として山の人々の生活を支えた反面、その立場は弱いものでした。

そして現在、生産の過酷さに加え、販売形態や賃金の旧態依然により担い手は激減し、衰退の一途を辿っています。

 
連綿と山に生きてきた人々の叡智と忍耐の賜物であるこの布を、絶やさず未来へ継いでいけるよう、私たちはしな布の振興に力を注いでいます。
 
 

シナ糸を撚る山熊田の女性  1950年頃?